読後感想

読書本一覧

『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 受賞作品・優秀作品、受賞者作品』

・一田和樹 「もしも遠隔操作で家族が犯罪者に仕立てられたら」      
・叶紙器  「加羅の橋」                   
・松本寛大 「玻璃の家」                   
・松本英哉 「僕のアバターが斬殺ったのか」               
・吉田恭教 「変若水」                         
・若月香  「屋上と、犬と、ぼくたちと」                
・深木章子 「鬼畜の家」                                     
・酒本歩  「幻の彼女」                   
・森谷祐二 「約束の小説」                 
・川辺純可 「ミズチと天狗とおぼろ月の夢」 
・白木健嗣 「ヘパイストスの侍女」  

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『直木賞作家作品・本屋大賞選定図書作品』

・吉村 昭 『破船』

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読後感想

『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第三回受賞者の著作』

一田和樹 「もしも遠隔操作で家族が犯罪者に仕立てられたら」 2021年4月

格差の中で疎外され痛められ、SNS等で殺人予告をした、として誤認逮捕され、真犯人が逮捕され釈放されてからも精神的に追い込まれて自殺した女性に共感を覚え、自らも差別され疎外されている状況の中で、サイバーテロ…司法の崩壊 を実行しようとする男。その行動の予習として犯人に仕立て上げられ、逮捕される石野の父。父が逮捕され、逮捕の理由すら示してもらえない中で何とか父を救えないかと模索する石野巧巳。

石野巧巳が専門家に相談しながら行動する中で、警察の強引な操作・自白中心の捜査・マスコミへのリーク・場合により証拠の捏造、等々の現在のシステムの不備、冤罪を生む構造などが示される。また、個人情報が他国に管理され、漏洩も発生している事実も。

この小説上の事件は、あくまでフィクションである。しかし、現実を見てみると、SNS・電話などを通してのネット上の犯罪(詐欺行為など)はたえず発生している。私の経験からしても、わけのわからないサイトへアクセスさせようとするショートメール、高額な支払いを要求するメール、Facebookでの友人のアカウントを使ってのなりすましにより私の個人情報が抜かれそうになったこと、逮捕というようなところまでは至らなかったが、私のIPアドレスから著作権に触れるような発信があったというプロバイダからの警告。これだけの問題が起こっている。

この小説に書かれていることは、決して絵空事でなく、現実に起こりうるトラブルである。インターネットは非常に便利な情報発信・収集手段だけれど、ネット上での発信・情報データの入手、メールの送受信、など、この小説で警告されているようなことも十分起こりえる現実を知った上で行動しなければいけない事を気付かせてくれた。ネットへの警告の書として、一読を勧める。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第二回受賞作品』

叶紙器 「加羅の橋」                  2020年10月

プロローグの…“渡し守源兵衛、わが子殺し”の昔話はともかくとして、何となく気味の悪い・妖艶な、それでていて何か美しい、奇妙な情景描写…で何となくとっつきにくさを感じたが……後で、大阪大空襲下での出来事であり、この話の最も根幹の部分の場面だと分かったが……
本文に入ると、ある老人が、老人保健施設を変わることになり、その老人を引き取りに”さんざし苑”の介護士・四条典座が一人で向かうところから話が始まる。
ところが、この老人-安土マサヲ-は、今は、少し精神疾患を持ち認知症も患っているが、殺人者といううわさが広く知られていた老人だった。
マサヲの介護担当となった典座はとてもそんなことは思えず、スタッフ会議で退所に決まりそうだったのに異議を唱え、自分がその謎を解く、と言い切ってしまう。
ここから、マサヲの事件?の謎を解く話になっていくのだが…

少し不自然に感じたのは、一介の女性看護師四条典座に探偵の役をやらせていること。
いくらマサヲに愛情をもって接しており、苑内でもマサヲが最も信頼しているようにとれる四条典座だが、そこまで探偵調査をさせる立場にまで持っていくのは、話的には少ししんどい所があるように思った。ただそういう真摯な女性の行動ゆえに、米屋の主人真田の協力が得られたという面もあるかもしれないが……

マサヲの古い隣人たちの話を聞き、
・犯行の時刻には、マサヲは京橋にいた。
・子供二人の頭を抱えて、笑いながら歩いていたマサヲが桃谷で保護された。
・その間の20分程度の時間で、京橋—桃谷間は移動できない。
この矛盾・謎を解ければ、マサヲの無罪も可能性が出てくる。

大坂のいろんな資料館(図書館・下水道記念館、等々)で調査をしながら、移動経路としての“猫間川隧道”に目を向けていく、さらに乗り捨てされたオートバイにも、この辺は本格的謎解きのダイナミックな展開で、推理小説の楽しみだ。
また、阪神大震災下でのマサヲの孫2人が廃墟ビルの冷水塔の一角に閉じ込められそれをマサヲがハーレーダビッドソンを駆って助けに向かうという、ものすごくドラマチックな展開には、少し驚いた。そしてその様子をNHKの遠方監視カメラがとらえ、関係者がNHKのモニタールームで見守るという設定。
それを見守りながら、典座が真相を明らかにする、また、亡くなったマサヲの夫と手紙をやり取りするという謎の手紙の相手…畑笑子…が現れ、いきさつを語る……という展開は非常にダイナミックで、一気に盛り上がり感を感じた。ただ子供2人を救うための救助活動のモニターTVを眺める間での展開としては、話としてはそうせざるを得ない構成なのだろうが、少し時間的な面で無理がありそうな感も受けた。

いずれにしても、なかなかの読み応えのある話だった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第一回受賞作品』

松本寛大 「玻璃の家」                  2021年3月

何となくとっつきにくい、殺人事件の犠牲者の念を描くようなエピローグ、そして、廃墟を訪れる少年と、死体処理の目撃。どう話が進むのだろうと思いつつ読み進める内に、どんどん引き込まれていった。
死体処理を目撃し、逃げ出そうとして音を立て、犯人に気づかれ、逃げようとした時少年と犯人は鉢合わせする。
事件の捜査として、当然この10歳の少年コーディの目撃証言が最重要になってくるのだが、少年は人の顔が認識できない。少年は、”相貌失認”と言う障害を持っていた。
少年の障害がどの程度のものなのか、またその障害の状況は?と言うことに関して、警察からの要請でスタッブズ大学の脳神経学科ヘインズ教授による検査が始まる。
またヘインズのアドバイスにより”他の専門家の意見も聞いた方がいい”と言うことで、心理学部の研究者トーマのところに話が行き、彼がこの事件の解明に協力することになる。
一方、”なぜリリブリッジ邸まで死体を運び、焼いたのか?山に埋めるなどした方が発見される確立が少ないのでは?”と言うトーマの疑問にあるように、1968年のヒッピー達がリリブリッジ邸内で死んだ事件。1937年の列車事故とリリブリッジの双子の弟が射殺された事件。が語られているが、この2つの事件が今回の事件とどう関係しているのか?

ネットでの書評では、余り称賛されていないものがいくつか散見された。
確かに話の途中から、犯人らしき人物がそれとなく推定できるし、状況証拠も結構示されている。殺人事件の犯人探しという観点からは、それで十分かもしれない。
しかし、目前で犯人に相対した少年の証言は、決定的に重要なものであるし、顔は認識できなくても雰囲気は認識できそうだという少年の証言を、どのようにして決定的な証言にしていくのか?
そういう目線で捉えると、少年の心理的な変化の描写も含めて、実に興味深い小説に仕上がっていると思った。

ただ、今回の殺人事件に絡んでくる過去の2つの事件は、特に人間関係の複雑さで、話の筋が少々理解が及ばなかった。外国人の名前は特に覚えにくい、というのは私だけかもしれないが、それが関係してか、わかりずらかった。

”相貌失認”と言う障害があるということを初めて知ったし、そういう障害の人が、他の人をどのように認識するのか?障害のない者からは、全く想像できないし、その障害を持つ人の話を証言として成立させていく過程が興味深かった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第八回優秀作品』

松本英哉 「僕のアバターが斬殺ったのか」                2021年5月

なかなか斬新なアイデア、興味深い話の展開だった。
私は余り、ゲーム特にアクションゲームといわれるようなものはやらない。
しかしこのゲーム『ジウロパ』は、すごいアイデアの基に製作されている。近未来的にはできてきそうなゲームであり、大いに注目を浴びるように思える。
ヴァーチャルとリアルが重なったような世界で、プレーヤー自身が遠隔で、またその重なったような世界で実際に動きながら、探索・闘争を繰り広げる。すごいアイディアである。
ただし、この話の醍醐味は、そういうゲームのすばらしさだけでなく、ヴァーチャルの世界で起こる闘争による殺人がその殺人場所と重なるリアルの世界でも、ほぼ同じような殺人として起きる、ということ。つまり、ヴァーチャル世界のアバターとそのアバターを繰る生身の人間が、その二つの世界が重なる場所にいた時、遠隔操作された他のアバターがそのアバターを闘争の結果殺すと、殺されたアバターの元の生身の人間も殺されるという事件が起きる。しかも同じような斬殺方法で。まるで、ヴァーチャル世界のアバターがリアル世界に抜け出し、生身の人間を殺してしまうように見えるのだ。
しかも斬殺を犯すアバターを繰る主人公は、殺されるアバターの持ち主と過去に因縁があった………。
こういうすごいアイデア、ゲーム『ジウロパ』を生み出したクリエーター蜂須賀裕樹は自殺(?)しており、ネットではそこへ追い込んだ者として、三人が名指しされていた。
主人公はその自殺の原因が自分にもあるように感じ、蜂須賀の死ぬ前のメッセージから、その遺書がゲームの中に存在すると信じ、それを追い求める。
その過程で、偶然三人の一人と出会い、諍い・闘争の結果、自分のアバターが斬殺される前に、相手(アバター)を殺す。ところが、そのアバターを繰っていた相手が死体で発見される。まるで主人公のアバターがその相手を殺してしまったみたいな………!!
常識で考えれば、アバターが生身の人間を殺すことなどありえないのだが、このゲーム『ジウロパ』の素晴らしい出来、そこに生まれてきた都市伝説「呪われたアプリ」のうわさ。
主人公がまるで自分が、自分のアバターが人を殺したような心理に陥っていく……
殺人事件の起こる状況として、すごいアイデアを思い付いた作者に感心する。
最後のエピローグで語られる自殺の真相は、ちょっと平板な気はしたが……
「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」優秀作を受賞しただけの、読み応えのある小説だった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第三回優秀作品』

吉田恭教 「変若水」                          2021年5月

 厚生労働省に勤務する向井俊介は、幼馴染の女医が突然死した真相を追及するうち、ある病院を告発する文書の存在を掴み、島根と広島の県境にある雪深い村にたどり着く。
そこは変若水村(おちみずむら)。ある一族の絶大なる支配のもとに、誰も見てはならないとされる雛祭りが行われる奇妙な村だった。
玲子の幼馴染の向井が、“突然死は実は殺人ではないか?”とこれほどにこだわり、真相究明にのめりこんでいく、という心理は、少し理解しにくい所はあったが、村のすべてを牛耳る岩蔵一族の実態が徐々に明らかになっていく。鬼のような岩蔵多恵、自殺未遂後鬼のような性格に変わっていった次女雅代、奇病というか精神疾患を持ち、屍姦症を発症し、最後はクール病で死んでいったという貴史、その実態、集団での犯罪、
やがて、向井が信頼していた小田桐医師まで実は一族の者だったとは。
複雑な人間関係と、一族ぐるみで貴史の病を隠そうとし、そのために3人もの医師を完全犯罪に近い形で殺そうという計画。
何故これほどまでに、事実を隠そうというのか?

変若水(をちみず)というタイトルを見た時、知らない・変わったタイトルと思ったが、ある種の信仰につながる言葉、そしてこの岩蔵一族の生きざまに深く関わる言葉、雛祭りとも繋がる言葉だったとは……


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第六回優秀作品』

若月香 「屋上と、犬と、ぼくたちと」                  2021年5月

最初のプロローグ的な部分は、いったい何なのだろう? という、不思議な感触だったが、途中からなかなかテンポ良い文体と話になり、どんどん読み進んでいった。
少年時代・小学校4年生の仲間の秘密基地(古ぼけたバカでかいビルの屋上のそのまた上にそびえる部分…バカでかい電飾広告を保持するような屋上屋のような部分…)での子犬を飼うという遊び…冒険?
しかし台風が襲った日の夕方、仲間の1人オッタが、そこから落ちて死んだ。皆で飼っていた犬ゴンは、いなくなってしまった。
その日を境に仲間たちは何となく分かれていく。
主人公野村修司も、10年間、忘れていたように見えるものの、実は何か重たい・未解決な物として、その事故(?)に引っ掛かりがあった。それを、奇妙なメモが郵便受けに何回か放り込まれるなかで、その苦い思いを思い出していく。
バイト先の店長、推理マニアの店長がその話に噛んできて、二人して、F市のその古ぼけたビル-秋葉ビル-に向かう。
奇妙なメモは、修司以外の3人の元の仲間にも送られていた。
それをきっかけに元の仲間が女子二人を含めて顔を合わせ、オッタの死は皆の心に重いものを残していた事、お互いの引っ掛かり、などいろいろな事が明らかにされていく。
さらに、店長が、端に推理マニアで話に絡んできていたのではなく、オッタの死より10年ほど前、誘拐事件に会い同じ場所に犬のように繋がれて、死を目前にしていた。ひょんなことで、命は取り留めたが。
2つの事件が同じ場所で起こり、店長も、自らの事件を重く引きづっていた。その過去を解明すべく、オッタの事件に噛んでいたのだ。
すごいスピードで、店長の仕掛けた罠のような行動で、オッタの事件は、子供心の複雑な所ーー遊びかいじめかといったような気持ち、台風・停電・オッタのアブなかっしい行動・ちょっとした反撃の心からオッタを押す、等ーー殺人とも言えないような事故、の実態が解明されていく。

しかし、選者島田荘司の解説にもあったように、余りにもいっきに謎解きに進めたため、その仕掛けをした店長の気持ち、特に犯人の金ちゃんの気持ち。修司の気持ちなどの周辺的状況が深く語られてないということは言えよう。
が、今どきの若者の心根、行動などがよく描かれているように思ったし、実にテンポよく、すいすい読み進めさせる文体は、見事だ。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第三回受賞作品』

深木章子 「鬼畜の家」                                       2021年11月

こんな酷い家庭があるのだろうか?いやあるのかもしれない。

自醫院の看護婦にすぐ手を出す医者。その息子の医者も、看護婦に手を出し…看護婦の方からの誘いだったのか?絡めとられて、妻にせざるを得なくなった後は、外での女遊び、慣れぬ事業に手を出し、借金まみれ。挙句に自殺。それを逆さにとっての保険金を手に入れる妻の画策。子供をだしにしての養女に出した家の資産かすめ取り。その妻の悪行の暴露物語かと思いきや、思わぬ展開。

よくあるおどろおどろしい物語だが、時系列的に事件を描くのでなく、探偵が…誰に雇われたのか?…調査の過程で接する色々な人々との会話を描く中で、この家庭のおどろおどろしさが浮き彫りにされていくという手法は、新鮮な感じ。そして話は、全く異なる事実を明らかにしていく。

そのどんでん返しの意外性に”あっ”という感覚を味わった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第十一回受賞作品』

酒本歩   「幻の彼女」                                  2021年7月

ドッグシッターの風太に、4年程前に付き合っていた美咲がなくなったという喪中はがきが届く。住所も書いて無く、友人の雪枝から“何か縁切り状のような感じ”などといわれる。

余り女性にもてることのない風太は、美咲と別れた後、続けて2人の女性と付き合ったが、……それも珍しいことと雪枝に言われたが……何となく気になった風太は、美咲の後に付き合った蘭のブログを見る。ブログは2年前に閉じられており、最後は何か死・自殺を思わせるような何か気になる書き込みで終わってた。

ますます気になった風太は、3人目の彼女エミリの消息を求めて、最初に出会った場所ドッグシッターで訪れた森の自宅に向かう。ところが“そんなエミリという人物は全く知らない”、風太にも面識がないと断られる。蘭が住んでいたというタワーマンションでもそのような人は知らないと断られ、やっと雪枝の母親と思われる人物を見つけ、会いに行くが、風太のような友人はしらない、と逃げるように去られる。

結構軽いノリの文体ではあるが、3人の女性がいずれも、死亡・死亡と思われる・行方不明……と、偶然とは思えない状態、そしてその生きていたと思えるような痕跡すらない、まるで存在していなかったような状況……実に深刻な状態が提示される。

いったいどう話が展開していくのか?と興味津々で読み進めたが、全く想像もしていなかったような状況での解答。

3人が同じ病院で治療を受けていた?それも生殖医療センター。人工授精絡み?

現代の最先端生殖技術も絡んだ謎解きへ……

実に見事な展開。軽妙なタッチの文体。

なかなか面白く、存分にたのしませてもらった。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第十二回受賞作品』

森谷祐二  「約束の小説」                           2021年7月

少々辛気臭い話だった。伝統ある古い家柄と古いしきたりをかたくなに守る天城家・北海道の人里離れた(?)と思われる、しかも深い谷で隔てられた山中の豪邸で起こる連続殺人事件、しかも2件目は切断された遺体という、おどろおどろしい殺人事件。

これだけであれば、まさに横溝正史の亜流的殺人事件小説であり、少々リアリティに欠いた猟奇小説に過ぎない。

しかし、並行して語られる施設に収容されている16歳の少女の病気の話が出てきて、当然天城家の事件と関わってくるのだろうと想像されるが、なかなかその関係性が明確にされず、しかも少女の想い…しかもかなり観念的な想い…が中心に語られるだけなので、読んでいてイライラすることが多かった。

私は、推理小説には結構“ワクワク感”を求める方なので、私的には、面白くない話だった。

しかし、猟奇的殺人事件…遺体が、遺体となった故人のいた部屋でなく、全く別棟の部屋で発見される。そのトリックは?

探偵が明らかにするそのトリックは、思いもよらないものだった。

しかし明らかにされる連続殺人の犯人の動機が、やや悪戯的な気持ちと日常的な侮辱に対する反発とは!!全くリアリティ・真実味を感じない。が、作者が犯人に語らせる““万人がすっかり納得するような動機”こそ、嘘くさいこと“というような意味の言葉から、本格推理小説といわれるような従来の小説に飽き足らない作者の気持ちを感じた。

むしろ話の主体は、病気の16歳の少女と天城家の繋がり、その驚愕の結論がストンと読者の胸の内に落ちる。天城家の古いしきたりとそれに反抗しようとした前当主、何故?反抗?

前当主の女性関係の過ちから生まれ、それ故に前当主を憎み・軽蔑し、しきたりによって新たな当主を受けるよう強要され、反発しながらも、裏の事情…鬼子といわれる腹違いの妹の存在を知らされ、当主を受けざるを得なくなる辰史。

これらもろもろの行動・葛藤の実態が、遺伝学の観点から、明快にされる。

そしてずっと並行して語られてきた少女の存在の意味が明らかにされる。

まさにこの点の解説に、拍手したい。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第六回優秀作品』

川辺純可  「ミズチと天狗とおぼろ月の夢」              2022年2月

誘われて(少し強引に)参加することになった友人の結婚式と披露宴。

着いた村の情景での既視感。夢によくあらわれる何かおどろおどろしたような、村の神社。

友人弓の故郷は余りにも夢で見た景色にそっくり。そして天狗に姫をさらわれる、というような伝承の話。

式の前日の禊と称する儀式に弓の身代わりとして強引に放り込まれ、経験する不思議な現象、また、式の後、披露宴の夜経験する不思議な出来事。花嫁の弓が天狗にさらわれる、伝承の話と同じような出来事、不思議な少年に出会い、美佐子という弓の大叔母、天狗にさらわれたという72年前の事件。……

夢と現実が交錯するような出来事に困惑していく麻衣。また、麻衣も天狗面の男に襲われ……

不可解な伝承話と麻衣の夢と不可解な出来事。

しかしそれらは、決して夢の話でなく、人間の営みの・生き方の結果としてのことに起因している。ある事実に行きついていく……

しかし、こんなことのために、と、私なら思うようなこと、思い、のために、窃盗未遂・殺人未遂・監禁、等々に近いような行動までとるだろうか?

本当に、不可思議な、夢の話であった。


『2022年本屋大賞「発掘部門」選定作品』

吉村 昭  「破船」                                                            2022年6月

こんな過酷な生活があるだろうか?
高い山に囲まれ、前は海と岩礁、わずかばかりの砂浜と平地にへばりつくように住む十数軒の人々。天候のいい日は漁師は海に出、蛸・烏賊・さんま・鰯などを獲る。女子供は岩場で貝などを獲る。一家の食料にするだけでなく、少しでも余った魚介類を干物にし、隣村にもっていっては、雑穀と交換する。
家の周りのわずかの土地を耕し、雑穀を植える。
山に入り、シナの樹皮をはがし、内皮をさらして糸にし、衣服を編む。雑木を拾い薪にする。
それでも生活が成り立たず、娘が、一家の主人が身を売り、数年の年季奉公に出る。口減らしとわずかな生活物資(米・油など)を得るための身売り。
冬には浜で火をおこし、海水を煮詰めて塩をとる。貴重な生活物資であり、隣村に運んでの
食料を得るための収入源でもある。
が、冬の火は、一晩中たかれ、塩を作るだけでなく、「お船様」を呼ぶためのあかりだった。
荒れる海で難破し、航行不能になった船が、村の火にひかれて近づき、座礁する。
積み荷の米・油・醤油や衣類は、この寒村の人々にとって、“神からの贈り物”だった。
水夫が残っていれば、打ち殺し、積み荷を奪い、船は貴重な材木となった。

———–ブックカバー裏の解説より————
二冬続きの船の訪れに、村じゅうが沸いた。しかし、積荷はほとんどなく、中の者たちはすべて死に絶えていた。骸が着けていた揃いの赤い服を分配後まもなく、村を恐ろしい出来事が襲う……。嵐の夜、浜で火を焚き4,近づく船を座礁させ、その積荷を奪い取る――僻地の貧しい漁村に伝わる、サバイバルのための異様な風習“お船様”が招いた、悪夢のような災厄を描く、異色の長編小説。

———————————————-
解説にもあるように、感情的表現をできるだけそぎ落とし、事実を淡々と綴る吉村昭の筆は、逆に伊作やその母親、村人の壮絶な生き様をひしひしと胸に迫らせる。


『ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 第十四回受賞作品』

白木健嗣  「ヘパイストスの侍女」                   2022年8月

最先端の技術を駆使する車の自動運転技術。

その技術システムの一般道路での実証実験中に発生した事故。しかも同時期に会社に対して脅迫のメール···明らかに社内情報が盗み出されており、自動運転技術システムに対しても攻撃出来るような文言···この事故は本当に運転技術システムに対する攻撃が原因なのか?

自動車メーカーの技術チームによる必死の原因究明、サイバー捜査官を含め捜査一課、所轄署を含めた合同捜査本部の捜査。さらにサイバー捜査官は最新の捜査コンピュータ…AIを搭載した捜査コンピュータ…の稼働を実行。

しかし、なかなか事故の原因・事故による運転者(自動運転技術の開発責任トップ)の死亡の原因、等々、なかなか真相が見えてこない。

事故は殺人かとも思わせるところもあるが、ではその動機は?犯人の狙いは?

捜査一課刑事の前之園の執念ともいえる“現場百遍”の操作から見えてきたのは…ハイテクの粋の自動運転技術に対するサイバー攻撃などではなく、人間関係の複雑さ・パワハラ・自動車メーカーの隠蔽体質………

現代最先端の技術の話をしながら、実は人間の弱さ・醜さ・嫉妬心、等々、人間を描いている、その巧みな話展開に感心した。


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